ここまで読まれた方は、「機械式ムーブメントの振動数は標準か、ハイビートの方がいいのでは」と思うはず。しかし、ロービートはしっかり生き残っています。
例えば、世界で最もハイエンドな時計ブランドのひとつ「A.ランゲ&ゾーネ」の自社製ムーブメントは、1万8000振動/時や2万1600振動/時のロービートです。ロレックス 新作 2021
また独立系の時計師ブランドのムーブメントも、ほとんどがロービート。そして、時計通と呼ばれる人々も、ロービートのムーブメントを好みます。
その最大の魅力は、脱進機の音。機械式ムーブメントはアンクルの爪石とガンギ車の歯が噛み合う時にカチカチと音が出ます。まるで心臓の鼓動のように聞こえるこの音が、クォーツ式にはない機械式時計の大きな魅力なのです。
しかし、ハイビートのムーブメントではアンクルとガンギ車が高速で噛み合うため、この音のリズムが速くなり、昔ながらの趣きのある響きになりません。振動数が超高速のムーブメントでは、ドドドドド……という連続音になってしまいますから、時計通はロービートを好むのです。
そしてもうひとつロービートの優れた点は、テンプを動かすためのエネルギー消費が少なく、パワーリザーブが長いこと。ハイビートのものよりエコなシステムになっているのです。ただ、テンプの振動数を低くすると、時計としての精度は大きく低下します。これはテンワの運動エネルギー(慣性モーメント)が小さくなって、振動など外からの力の影響を受けやすくなるからです。
そこで最新のロービートのムーブメントでは、テンワの直径や構造などに特別な工夫がしてあります。テンワの直径が大きいほど運動エネルギー(慣性モーメント)は大きくなるので、振動数を低くする代わりにテンワの直径を大きくする。同じ重さでもテンワの外周部を厚く重くして、慣性モーメントを高める。テンワの重量バランスをより精密に調整して、テンワがよりスムーズに回転できるようにする。こうした工夫によって、ロービートでもハイビートに比類する運動エネルギーを確保しています。
また、テンワを支える軸である天真と軸受けの穴石の摩擦がハイビートよりも少ないので、長期間使ってもダメージが少ないので耐久性に優れ、長期間メンテナンスせずに使い続けられるのもいいところです。